エッチは「変態」の頭文字であるHに由来すると言われています。
しずかちゃんがのび太を罵る時に度々使うように、どこか軽い。恥ずかしさや否定的なニュアンスを含む言葉として使われます。
それを「セックスする」の意味で「エッチする」と言い換え始めたのは、確か明石家さんまさん。
「セックスする時には毎回その相手の女性と結婚しているような気持ちでいる」と言っていたさんまさんですから「エッチする」の言葉には、否定的な意味は込められていないようでした。
時は流れ令和のいま、この「エッチ」を「叡智」と置き換えることを見かけるようになりました。この変化、ポワール的にとても興味深い。
若い人たちを草食系とか植物系なんて呼んで大人たちは心配していますけど、そんなふうに置き換える若い感性たるや素晴らしいと思うのです。
現代に作られた性の価値観は、新しい時代にはそぐわなくなるでしょう。
セックスは、単なる行為ではありません。それは愛の叡智を学び、得るための神聖な体験です。相手と心身を通じて深くつながり合うことで、言葉では表現できないような愛の本質や真理に触れることができます。セックスは、魂と魂が交わり、愛を通じて人間としての成長を遂げる一つの形なのです。
営むことが人生そのものを豊かにし、世界をより幸せな場所に変えていくのが本来の性愛の在り方です。
大げさと思います?
現代の性愛の在り方が愛の叡智から、いかにかけ離れているかわかりますか?
昔の人々は今よりおおらかに性愛を営んでいました。人命について今とは違う感覚でしたから、人を殺める事も大したことではなかったでしょう。
けれど、
わたしたちの祖先は
わざわざ国を離れて戦争に出かけることはしたでしょうか?
見も知らぬ人の生活を苦しめ続ける取引をしてきたでしょうか?
平和を望んでいると口では言いながら、日々の生活はそのようなものを作ってはいない。真の愛がないから。
真心の慈しみを発揮できる大人があまりにも少ないから。
新しい時代に向かっていくために、
性愛の在り方を整えることを疎かにすることは絶対にできないのです。
私たちが「エッチ」を「叡智」として捉え直すことで、セックスの持つ本来の尊さを取り戻し、性愛の価値観は大きく変わります。愛すること、つながること、そしてそこから得られる叡智が世界へ広がる。
あなたも「叡智」としての性愛を探求しませんか?